Dic 2010
学校教育におけるIT活用の現状と今後の展望
-ITを活用した学校教育の先進国を目指して-
-陰山 英男 立命館大学 教育開発推進機構 教授 立命館小学校 副校長-
1.近年の学校教育におけるIT活用の動向
学校教育へのIT機器導入に関する従来からの課題
近年、学校教育にパソコンやインターネットといったIT技術を活用しようという動きが起きており、従来の黒板に変えて、電子黒板を導入するなど、教室にIT機器を導入する学校も増えています。私はこのような動きを、ITやパソコンの技術が進歩し、IT機器が従来の教科書、教材に代わる機能を果たすものとなってきていると捉えています。
IT機器を教育に活用するという試み自体は、最近に始まったことではなく、元々ワープロやパソコンが普及し始めた頃から起きていました。私も随分と初期のころからIT機器を教育に活かせないものかと試行錯誤してきた経験があります。しかしながら、私は当時のIT技術では、大人が仕事上文章を作成することや、表計算に活用することは可能であっても、子どもの教育にIT機器を活用することは難しいと考えていました。私がこのような考えを抱いた大きな要因は、当時のIT技術では子どもに「手書きで学習をさせること」が難しいという課題があったからだといえます。私は教育の信念として当時から「書く」という動作が学校教育技術の要であると捉えていました。なぜならば、文字を書くことは脳に与える刺激が非常に大きく、子どもの脳を活性化させることに繋がるからです。そのため、直接文字を書くことができるような機能を有するIT機器が誕生しなければ、IT機器やIT技術を学校教育に活用することは難しいと考えていました。
また、手書きができないという点以外にも、当時のIT機器にはいくつかの課題がありました。それのうちの一つとして大きかった課題は、当時のワープロやパソコンはまだ現在のように高画質ではなく、加えて画面も小さいものが多かったため、子どもにとってあまり見やすいとはいえないものであったという点です。当事はIT機器が液晶でもタブレットでもありませんでしたから、子どもが教育の中で扱うにはあまりにも馴染み難いものでした。そのため、IT機器よりも黒板の方が、教育現場では重宝されるという状況が続いていたといえるでしょう。黒板というのは大変優れた教育ツールです。黒板は大きくて見やすいだけでなく、文字を書くことも消すこともすぐに可能であり、大きく書くことも小さく書くこともでき、また様々な色を使えるなど、教育現場にとっては当時のIT機器よりもはるかにメリットが大きかったはずです。このようなことから、これまでワープロやパソコンを中心にしたIT機器は、あまり教育現場で活用されなかったのだと捉えています。
他業界のIT機器が教育界に与えた影響
このような状況が続く中、IT機器を学校教育に取り入れる契機となったのが、任天堂株式会社が発売した携帯型ゲーム機である、ニンテンドーDSであると私は捉えています。これが出てきたとき、正直私は「やられた!」と思いました。ニンテンドーDSは画面に直接ペンで文字を書き、書いた文字を極めて正確に読み取ることが可能なIT機器であり、従来のワープロやパソコンでは実現することが難しかった手書き機能を追求した最初のIT機器であると私は考えています。教育の場において長く求められてきた、「手書き」を可能とするIT機器が、教育関連のIT機器を開発しているITベンダーからではなく、これまで教育とあまり接点を持たなかったゲーム業界によって開発されたという事実は、教育現場や関連するITベンダーにとって大きな衝撃でした。更に、ニンテンドーDSの手書き機能と脳科学を組み合わせることで、「脳トレ」の愛称で親しまれるソフトが誕生したことも、私は大きな衝撃であると捉えています。「脳トレ」は簡単な計算や書き取りをスピーディに行わせるという、まさに教育の本質そのもののコンセプトで作られています。学校教育においても重要な要素を含んでおり、学習現場にも大いに活用可能なものであるといえます。このように、教育界が渇望していたIT機器は、ゲームや科学といった教育以外の要因によって生まれ、結果として教育界におけるIT機器の活用の促進を促したといえます。もう一つは、現在非常に社会でも注目をされているタブレット型PCです。特にアップル社のiPadが出てきたときにも私は「やっぱり出てきた!」と思いました。アップル社は元来、教育に対して非常に積極的な活動をしてきたIT企業の一つです。教育者の目からアップル社という企業を見ると、とても長い間、子どもというユーザーからどのように機器を使っているのか、使いたいのかを観察し、学習していたのではないかと捉えています。
異なる分野からの刺激によって、IT教材の普及は急速に進んでいますが、IT教材に関する課題はまだ残っているといえます。例えば、教育現場へのIT機器導入を促したニンテンドーDSは、元々携帯用ゲーム機として開発されたため、教育現場で活用するには画面が小さいという課題を持っています。一方で、子どもが自由に使えるほどの画面の大きさを確保しようとすると、画面に書いた文字を読み取る機能における処理能力というIT技術上の課題が残されます。そのため、大きい画面を持ち、なおかつ画面に書いた手書きの文字をより正確に読み取る性能を持つ学習用IT機器を開発することで、教育現場におけるIT機器の活用はより進展するのではないかと考えています。もう一つは、「漢字」の認識です。漢字というのはアルファベットよりも複雑ですので、しっかりと漢字を認識できる機器でなければ教育へのもう一段広い浸透は進まないと考えています。
学習現場におけるITの活用方法
IT機器を学習の場において活用することは、子どもに効率よく学習させるという点で、非常に大きな力を発揮するといえます。その一例として、漢字の書き取りが挙げられます。従来の漢字の書き取りは、教師が指定した漢字を全て一定回数書かせるという形式が基本となっています。しかしIT機器に手書きで漢字を書かせ、その子どもが覚えている漢字と覚えていない漢字をIT機器に記憶させることで、次回漢字の書き取りをさせる際に、IT機器の記録データを基に、その子どもが覚えていない漢字を重点的に書かせることが可能となります。教育においては、既に覚えている漢字を反復練習させるという行為はほとんど意味の無いことだといえます。そのため、IT機器を活用したこの学習方法は、子どもが覚えている漢字であっても10回、覚えていない漢字であっても10回書き取りをさせるというこれまでの学習方法よりも、より効率的な学習方法であると考えています。つまり、限られた教育時間における無駄を省き、効率的な教育が施せるということになります。学校の授業時間は限られているため、既に理解している内容に一定時間を割くよりも、分からない部分を理解させることに時間を割く方が、子どもにとってよりよい学習方法となるのではないかと私は考えています。
また、学習の効率を上げるだけではなく、IT機器を活用することで、子どもの興味を学習に向けることも可能だということが分かってきました。おもしろいのは、作文です。子どもにパソコン等のIT機器を利用して作文を書かせると、今まで作文などろくにかけなかった子どもの作文が突然脚光を浴びるように評価されてその子が急にヒーローになってしまうことが出てきました。これは、文を作る才能の前に、文を書くための基本スキル(字を綺麗に書く、漢字を知っている)が足りていなかったため才能を活かせずに内容を表現できなかったものがIT機器を活用することで一気に表現できるようになった恩恵です。作文を苦手とする子どもはどの学校にもいるのではないかと認識しています。これら子どもの中には、よいアイディアや表現できることを多々持っているにも関わらず、原稿用紙にきれいな字を書こうとしても、なかなか上手く書けない、分からない漢字が多く、漢字を調べる作業に多くの時間を取られてしまうといった理由から作文に興味が沸かずに苦手意識を持っている子どもも多く存在しています。また、こういうタイプの子どもの中には先生の話を聞かずに、授業中もキョロキョロしては面白いことがないかを常に考えているような子どもが少なくなかったりします。文を作るという才能だけ見れば、常に面白いこと、変わったこと、変なことを探したり考えていたりしている子どもが、いざ作文を書かせてみれば大変魅力的な文を作れる可能性を秘めているということなのです。先に述べたように、そのような子どもにパソコン等のIT機器を利用して作文を書かせると、これまで作文を書くにあたって障害となっていた漢字変換や字をきれいに書くといった点を気にすることなく、自分の思っていることを表現できてしまうわけです。そして、思うように文章を書くことができるという経験をさせることで、作文を苦手としていた子どもの興味を、自発的に作文に向けることも可能であると考えています。このように、作文にIT機器を活用することは非常に有効ではないかと考えています。
教育には、「脳を喜ばせる」ことが大切です。作文以外にも、脳に刺激を与え、脳を喜ばせる重要な要素に対してIT機器を活用することが可能であるといえます。私が考える脳の活性化に重要な要素というのは、100マス計算のように(1)シンプルな作業により脳を高速に動かすこと、漢字の書き取りのように(2)イメージする力を形成すること、そして(3)知的好奇心を形成させること、の3点です。この3点を組み合わせた教育の土台作りが基本であり、そこにITをしっかりと活用することが今後の教育には必要であると考えています。特に、シンプルな計算をスピーティに行うといったような動作はパソコン等のIT機器が最も得意とする機能であるため、まずはこういった分野でITを活用していくことが現場で望まれています。
2.教育現場におけるIT活用促進と課題
IT活用に関する正しい認識の不足
このように、IT機器を学校教育に活用させることには多くのメリットがあり、IT機器を活用することで日本の学校教育のレベルを上げることができるということが期待されていますが、日本の教育現場におけるIT機器の活用を広げていくにあたっては多くの課題も残されています。大きな課題の1つとして、教育にITを活用するということに対する正しい認識が十分に成されていないという点が挙げられます。教育現場にITを活用する際に挙げられる代表的な反論として、パソコン等を使いすぎると、考える力が失われてしまうという意見があります。しかしながら、先に述べたように手書き機能を持つIT機器を活用し、積極的に書くという動作を行わせることや、IT機器を活用したスピーディな計算を反復練習させることによって、子どもの脳の活性化させ、考えることを含め、脳の活動を促進させることが大いに可能であるといえます。また苦手を克服させ、学習に対して興味を向けさせるという点においても、IT機器は大きな役割を果たせると考えられます。このようなことから、学校教育へのIT活用を促すためには、まずIT機器の活用が子どもの学習にどのような効果を発揮するかを正しく認識する必要があるといえます。
教育現場の風土の影響
教育現場の持つ風土にも、IT機器の活用を阻む課題があると私は捉えています。IT機器とは、本来効率性を高めるために導入されるものだと考えており、この考え方は教育の場においても同様であると捉えています。そのため、IT機器を用いて効率的に学習を行う際は、子どもの側にもITを上手く活用する「要領のよさ」が求められるといえます。「要領がいい子ども」というと、どのような印象を持つでしょうか。良いイメージでしょうか、悪いイメージでしょうか。教育現場において、要領のよい子どもというのは今の世の中においてですら、教師からネガティブな印象を持たれがちであると私は考えています。それに対して、要領がよいとはいえないが頑張って愚直に努力している子どもは、概して教師からポジティブなイメージを持たれる傾向にあると捉えています。私自身、頑張って努力をする子どもに対しては、その努力を評価すべきだと考えていますが、要領よく物事を進めることができる子どもに対しても、同様にその要領のよさに対して評価を与えてもよいのではないかと考えています。社会、とくに昨今の国際社会では、要領よく仕事をこなしていく人間と、愚直に努力をして頑張っている人間のどちらの評価が高いでしょうか。要領よく学ぶことができるという子どもの技術をネガティブに評価したままでは、要領よく学習することを促すIT機器は十分に活用されないのではないかと考えています。
ITベンダーの課題と教育機関との関係性
教育現場など、IT機器を使う側だけでなく、教育用のIT機器を開発する企業の側にも課題があると考えています。その大きな課題は、開発者が大人の目線、大人の都合でIT機器を開発し、導入させようとする傾向があるという点です。教育用のIT機器をアピールするために訪れるITベンダーの方の多くは、ビジネス用のIT機器、つまり大人向けのIT機器を持って訪れる場合が多いと認識しています。しかし、教育現場で実際にそれらを必要としているのは子どもであり、子どもが学習時に使用する「子ども向けのIT機器」が必要なのだという点を忘れてはならないと考えています。IT機器を活用して学習を進める子どもの目線に立って、より使用しやすいIT機器を開発する必要があるのではないかと私は考えています。
また、日本では小学校や中学校といった教育現場と一般企業が共同で1つのことに取り組むという文化が培われていないため、学校側が特定の企業と共同で何かを行おうとすると、両者の関係性について、「何か繋がっているのではないか」という大変ネガティブな憶測をされる傾向にあります。本来、よいIT教材とは優れた教育技術と優れたIT技術が融合して初めて生まれるものであり、そのためには企業と学校のコラボレーションが不可欠で、それらが大変重要になってくるにも関わらず、現在の日本の教育現場ではそのような文化が培われていないという点も大きな課題であると考えられます。
3.海外から見た日本の教育とIT活用
海外と比較をした場合、日本の学校教育におけるIT活用の水準は、海外よりも遅れているといわざるを得ません。このような認識を持つきっかけとして、私が審査員の一人として参加した、ITを活用した学校の授業に関する国際的なコンテストでの経験が大きく影響を及ぼしています。このコンテストでは、世界中から集まる審査員の評価基準や捉え方を把握し、ある程度統一をする目的で、事前にサンプルを用いて実際にあるシステムの評価を行うという機会がありました。そのサンプルとして、日本の学校における学校事務処理のシステムを評価することになったのですが、このシステムは、wordやExcelなどの活用をふんだんに盛り込んだシステムになっていました。このシステムを見た海外の審査員からは、「非常に高水準のIT技術を持つ日本において、学校でwordやExcelを用いて事務処理をしているなどとは到底考えられない!」といった声が相次ぎました。実際の現場ではより高機能のシステムを使用しているはずだというのです。しかしながら、実際には現時点で現場の事務処理に関してはwordやExcelを活用したシステムを用いている学校がほとんどであるというのが現在の日本の実情です。このような事実を知り、審査委員一同は黙り込んでしまいました。wordやExcelがアプリケーションとして悪いわけではないのですが、事務処理というのは学校における重要な業務です。つまり、会社でいえば、非常に重要なコア業務のシステムをwordとExcelのみで動かしているということに他なりません。このように、IT技術においては世界的に評価されている日本であるにも関わらず、学校教育におけるIT活用の水準は世界の基準と照らし合わせた場合、レベルが高いとは言いがたい状況になっていると考えています。
教育現場におけるITの活用という点においては、日本の現状を憂慮すべきであると捉えていますが、日本の伝統ともいえる、「読み・書き・そろばん」を主とする教育技術そのものは、世界的にみてもトップレベルの水準であると私は捉えています。そのため、日本が元々保有している高い教育技術と、日本の高いIT技術を組み合わせることができれば、現状を打開し、ITを活用した、高水準の学校教育を展開できるのではないかと考えています。またそのためには、日本の教育技術、IT技術の質の高さと、両者の協力体制の必要性について、より多くの日本人が早急に気付き、行動に移す必要があると考えています。
4.ITを活用した学校教育の先進国としての日本を目指して
近年では、政府が電子黒板を全国に配布するといった取り組みが行われるなど、行政も教育の情報化に対して積極的な動きを見せています。これは大変歓迎すべき動きです。今後電子黒板などのIT機器が教育現場で実際に活用されていくかどうかは、教育界のみならず、社会全体の問題として問われているといえます。私は、今後日本の教育レベルを一層向上させていくためには、ITを活用した教育が不可欠であると考えています。そのためにも、先述のように日本の教育の優れた部分に日本人自身が気付き、日本の持つ優れたIT技術によって、日本の教育レベルを一層引き上げるための取り組みを積極的に行うことが重要であると考えています。未だ教育現場でのIT活用を阻む課題も残されている中、このような取り組みを促進させることは容易ではないと認識しています。そのため、このような取り組みをより促進させるためには、教育にITを活用することによって、子どもの学力を伸ばすことができるという具体的な成果、目に見える結果を挙げることに、政府、ITベンダー、国民それぞれが、全力で協力するという意識の醸成が必要だと考えています。IT機器が子どもの学習によい影響を与え、子どもの学力を伸ばすという事実が確立されれば、教育にITを活用する取り組みが現在よりも積極的に行われるようになるのではないかと私は考えています。現在の日本の状況を改善し、将来的には新幹線の代わりにIT教育技術をシステムとしてパッケージにして輸出できるようなIT教育の先進国となることを、今後の日本は目指していくべきではないかと私は考えています。
(本文中に記載されている会社名、サービス名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。)
【2010年12月 執筆・編集:株式会社NTTデータ、株式会社NTTデータ経営研究所】
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